太平洋にある人口27万人の小さな国・バヌアツを知っていますか。日本ではまだまだ馴染みのない国です。私はその国のクリニックで保健師として2年間働きました。そこで出会った患者さんのストーリーは、日本の常識からはみ出るようなことばかりでした。でも、恋愛をして、結婚して、家族が出来て、という過程は国が違っても、根本は同じです。

全10回の連載で、バヌアツのディープな性事情を紹介しながら、そこから見える日本の性や生きることを皆さんと考えていきたいと思っています。

10回に渡ってバヌアツの性事情をお伝えしてきました。今回の記事にて最終回です。

バヌアツで過ごした2年間のボランティア活動の殆どがマンパワーとして消費されました笑

「マンパワーとして働くだけでは、私が帰国した後には何も残らないし、こんな日々が続いても良いのだろうか、、、」と、活動開始してから約1年は悶々と「自分の存在意義ってなんだろう」と考える毎日でした。しかし、約1年が過ぎた頃から、「マンパワーでも患者さんの将来の利益につながるならば良いのだ!」と考え方を入れ替えた後は、残りのバヌアツでの生活はあっという間に過ぎて行きました。 

綺麗な海とビーチはバヌアツの誇る豊かな自然の象徴です

最終回は、バヌアツの医療事情の総括の意味を込めて、私が2年間で感じた「バヌアツの医療現場、なんとかならないかなぁ~」と思うことを皆さんと共有出来たらと思います。

1.病院も「顔パス」でことが済む

バヌアツの横の繋がりは凄い力を持っています!

大人数の家族や親戚がいるし、コミュニティ内部の関係性も密なので、患者さんはクリニックや病院のナースは顔見知りであることが殆どです。特に農村部はそれが顕著です。その良い点は、医療者と患者さんの関係性が築けているし、看護師たちの記憶の中に患者さんの顔と病歴がインプットされている、ということです。でも、フラットで親密な関係過ぎてそれが障害になることもあります。

90歳になるおじいちゃんの誕生日会には総勢30人前後の家族が集まりました

 あるクライアントが3ヶ月おきのホルモン剤注射で活動先クリニックに来た時のこと。

私「前回注射をした時に予約表はもらった?」

患者「予約表をもらったけど家に忘れてきた」

私「前回注射しに来たのはいつ頃?」

患者「いつもこのクリニックに来ているから看護師に聞けばわかるよ」

私「じゃあ看護師の名前は分かる?」

患者「いつもはエミリーなのにその日は違ったから名前はわかんないけど、太っている年寄りの看護師だったよ。も~、あんた、私に質問しすぎだよ、いつもこんなに聞かれることないよ。ここはバヌアツなんだ、細かいことは気にしないで」

私「!!!」

驚いて心の中でこう叫びました。

心の私「バヌアツだからって適当に注射が打てるわけじゃないんだ~!」

本人が予約日を忘れることは良くあるので、もちろんクリニックもカルテを保存しています。しかしカルテも見つからないことが多々あるのです。

カルテが見つからない理由は、、、

  • クライアントが名前も生年月日を変えて特定出来ない
  • 看護師がカルテを書かない
  • 保存場所が何か所もある

 、、、という訳で、私が出会った今回の患者さんは非常勤の看護師がカルテを書かなかったために、患者の予約日も前回の受診日も不明。でも、看護師が患者の顔を覚えていたので、注射して無事に帰りました。

小さなクリニックや地方では「顔パス」が通用します。そしてカルテとして残すという習慣がなかったり、ただのメモ書きだけだったりするので次回に受診したときに、前回との比較が出来ないのです。

カルテが共有できない不便さも感じましたが、首都にも関わらずナース達はたくさんの患者さんの顔を覚えていて、医療でも「顔パス」が通用する関係性は羨ましくも感じました。

2.バヌアツと日本の「看護」の違い

 看護師という職種はいるけども、実際にバヌアツの看護師がやっているのはミニドクター的な仕事です。クリニックや農村部の看護師は、診察、診断、処方、フォローアップ、巡回診療、事務仕事まで何でもこなします。ちょっとした切開や縫合もするし、相当深刻な場合じゃない限り、看護師達がやるしかない。だって人がいないんだもの。なので、入院中の患者の面倒を見るのは「家族」の役割になってくる。自分が日本で学んだ「看護」は、医療処置の介助や患者さんの診療経過の観察、療養生活をサポートするためのノウハウでしたが、バヌアツでは療養生活のサポートは家族の仕事、より重きが置かれるのは医療処置の部分であり、私が日本で得た看護スキルというものは大部分が通用しませんでした。「看護師」って何なのだろう、と改めて考えるきっかけになりました。

5月12日看護の日を盛大にお祝いをしました

3.自国では医療従事者を育成できないから、他国の力を借りるしかない

 医療を機能させるためには、多くの職種の力が不可欠です。日本の病院で勤務をしていたときは、どんなことも滞りなく進むことが当たり前で、その過程にどんな人々が関わっているかなんて特に考えませんでした。  

 バヌアツにきて、自分の国で必要な人材を育成できないって本当に大変だということに気がつきました。例えば、医師になりたいというモチベーション、高い学力があっても、バヌアツでは「奨学金」が貰えない限り自費での留学は難しい。政府は多くの援助国から「奨学金」をもらっているものの、これまた色んな不正があるから、優秀でやる気のある適切な人材に配分されません。

 医師以外にも、薬剤師や検査技師など他の医療職種もとても大切な人材です。でも子どもたちにとってあまり馴染みのない職業なだけに、それを目指そうという夢を持つ子が殆どいません。学生たちの多くは経営学、マネジメントなどのオフィスワーク系の学校へ進学します。

 この小さい国で大学を作るのは効率が悪いから、外に送るしかないのだけれども、「どんな人材がどれだけ欲しいのか」を考えないと、必要な人材をバヌアツ人でまかなうのは相当難しいと思います。

  • やることはたくさん海外から降ってくる。でも予算がない、人がいない、続けられない。

 世界的に医療技術は進み、予防も診察も治療もたくさんのことが出来るようになりました。先進国と途上国には明らかな医療技術の差が存在するのは事実です。「先進国ならば助かる命が途上国では助けられないのは不公平」、それは当然のことなのだけれども、バヌアツに先進国のようなレベルの医療を支えられる基盤があるか、というとまだまだ先の遠い話だと感じます。そんなギャップを埋めるために、先進国などの援助国は「これをやったほうがいい、あれをやった方がいい」と色んな支援をしています。しかし、バヌアツ自身もやることがどんどんと膨らんでいって、「やるべきことに押しつぶされている」状態になっている気がします。結局、バヌアツ政府は、先進国などのドナーから援助の入るときには政策を作り、パイロットプロジェクトを頑張るけれども、援助が入らなくなったら、金なし、人なし、の状況になって、プロジェクトが続かなくなり元の状態に戻ってしまうのかもしれません。素晴らしいポリシーがたくさんあるのに、それを動かすお金や人が足りずに、「宝の持ち腐れ」状態になっている、私はそんな風に感じました。

「もったいないなぁ」と思うことが本当にたくさんあるのです。

そして彼らと2年間共に生活をしてみて感じたのは、「先進国が援助しようとしていることは、彼らにとって必要なことなのか、やりたいことなのか」が分からないということです。

途上国側に「その援助はいりませんよ」と、断る勇気があればいいし、彼らがやって欲しいと思うこと優先的に出来れば良いのに、と思うのですが、援助がないと国の予算も確保できないくらいの国家財政なので、結局外国から「この分野でこんなことをするならば援助しますよ」と言われたら「では、お願いします」という関係になっているのではないかと感じます。

 

 大洋州は経済的には豊かではないけど、「生きる」ための環境はとても恵まれています。彼らも自分たちの生活が好きだし、満足しているんだなぁ、と一緒に生活して感じました。

 そんなバヌアツの「発展」をどこまでサポートすれば良いのか悩み、このままで良い部分も十分あるんじゃないの、と個人的に感じることもありました。

あるバヌアツ人の友人に日本の暮らしはどうなの?と聞かれた時に「日本の暮らしは、働いて、お金をもらって、必要なものは全部お店で買えるんだよ。」というと、とても悲しそうな顔をして「Oh, sorry(残念だね、、、)」と同情されました。

「僕らは農作物を自分たちで作って自由に食べられる。誰がどうやって作ったか分からないのは嫌だよ。お金は必要なだけあればいいんだ。家族と一緒に楽しく過ごせることが一番大切なんだから。お金が無くても幸せな生活できるんだよ。」と話してくれました。

彼らにしてみれば、私たち日本は色んな技術もあって発展した国だけれども、生活に関してはバヌアツの方が恵まれている、と話す彼ら。そんな彼らの生き方から、幸せは何かという「ぶれない価値観」と日本とは違う「幸福感」があることを学びました。

島ではガスは使えない。木の枝を集めて火を燃やし料理して皆で一緒にご飯を食べる。「誰かと一緒に食事をする」些細だけれども幸せを感じます。

違う文化や価値観の中で、彼らが大切にしているや人生のビジョンは違いました。

なのに、単なる経済指標で日本とバヌアツで比較して、「バヌアツは発展していない国」と結論付けることは正しいのか、と疑問を持つようにもなりました。

そして、日本とは違う価値観で社会が機能しているバヌアツでの生活を通じて、日本の問題を新たな視点で考えることに繋がりました。帰国した今は「日本」についてより一層考える機会になったし、もしかしたら、バヌアツよりも日本の方が「生きる」のが難しいし、どうにかしないといけないのは日本なんじゃないか、、、と感じるようになりました。

日本にあってバヌアツにないことはたくさんある。

同じように、バヌアツにあって日本にないこともたーくさんある。

巡回診療後、島を離れる前にお見送りに来てくれた島民と巡回医療チームで集合写真

色んなことがあったバヌアツでの2年間。辛いし、大変だし、悲しいこともたくさんあったけど、振り返ってみると、楽しかったこと、充実していたことが思い出されてしまうから不思議です。笑

そんな私の2年間を、この場を通じて皆さんに少しでも伝えることが出来たのならば嬉しい限りです。

Source: HuffPost Japan

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